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タイトル無し

今日で期末試験が終わりだ。
あと4時間で始まって、8時間後には終る。
自宅よりスタバにいる時間の方が長いのってどうよ。

それならブログなんか書かないでシャカリキ勉強しろよ、と思う
でも自分のために、文章をねじ出す。

22歳になって確信したから言うけど、僕は俗にいう集中力が欠如している。
もう断言してしまう。ないものはない。障害って診断されるかもしれない。
一つのことに意識を集められるのは10-15分が限界だ。
この長さは一曲を聴くのには十分だし、文章から物語の一幕を頭に描くにも事足りる。
だけども教室で50分間授業に集中する、という内臓CPUの使い方はできない。
頭のなかでいくつかのことを同時に進行させていて、
でもそれは皆さんが仰るやり方とは違うので、それが良くないことのような気がしてきた。
勉強に、練習に、思考に集中するのが全ての基本と信仰されている。
あれ、できないぞ、と気づいてから10年くらいはやろうとしてきたけど、
やっぱりできないから中立的に分析してみた。
結果、僕には、作業の同時進行が合っている。
こういう人、他にも割といるんじゃないか。

今は、「I Am the Walrus」の入ったアルバムを聴きながら、
一昨日読んでた「火の鳥 未来編」を映像化して、
有機溶媒の仕組みをぼんやり確認しながら、
ノート黒くしてジュラ紀の中期ドッガー内の各時代のスペルを覚えている(見た目のメイン)。
今日テスト終ったらビーチバレーしよう、とか
やたらと背中が痛いのはなんでだろう、とか他にもごちゃごちゃ考えている。
「3月のライオン」読んでからずっと、実家の犬に会いたい。とか。

集中してないからといって、メインの作業の効率は悪化せず、むしろ良い。
PCで、同時に何個もアプリケーション動かしておくようなもんなんじゃないか、
と捉えることにした。
一つのジョブに集中しなくていいんだよ、と許された気分だ。

日本語で考えているのか、英語で考えているのか、概念で考えているのか、
それはよくわからない。

(それぞれの言語の特性に依るものだと思うけど、
思考する言語でまちがいなく人格は変わる。
英語は文法から学んだせいか、より論理的に、断定的な性格だと思う。)


昨日の「ほぼ日」で谷川俊太郎が質問の答えとして自分の詩を紹介してた。

『遠い国はおぼろだが/宇宙は鼻の先

住所は村ではない 町でも県でも国ですらない
住所はこの惑星 そして銀河系』
以上

毛布に包まって探る、思考のどこまでも先のところと、
朝焼けの月の奥の奥の奥が、つながっている

そんな気がすることは確かにある。

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コメント


うぴゃー!!! 一回だけで6万くれたあぁぁwwwwww
金玉交互にキュポキュポ咥えながら高速手コキされたもんだから
即イキしちゃったのがちょっともったいなかったな(^^;

http://komachin.anusu.net/YPe5Spl/

投稿: ちょwwおまwww | 2009年5月17日 (日) 01時53分

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